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雨にも負けず、風にも負けず…

こんばんは、星野です。
…随分今更になってしまいましたが、映画「グスコーブドリの伝記」について色々と語りたいなーと思います。。
以前、TVで猫キャラの「銀河鉄道の夜」を観た事がありましたが、その当時のスタッフさん達なのですね。猫好きな身としては、観に行かない訳には行かん!! という感じでした。

では、「続きから」にて、当時の記憶を手繰りつつ語ってみたいと思います。
■冒頭で先生が詠む「詩」について
 まずは、グスコー・ブドリが幸せな幼少期を過ごしていた所から物語は始まります。
 学校で先生が読む、あの有名な詩「雨ニモマケズ」……これが、ある意味このブドリ君の生涯の象徴とも言える詩になるのが、感慨深いです。
 映画を見た後、宮沢賢治童話集を買ってしまいましたが、そこにも収録されていました。

※私は、角川つばさ文庫の「銀河鉄道の夜」を購入。勿論表題作の「銀河鉄道の夜」に「グスコーブドリの伝記」、「雨ニモマケズ」の詩、更にちょっと気になっていた「よだかの星」など、主だった有名作はほぼ網羅されていると思います。

 その詩の全文を改めて読むと、本当に心に沁みます。
 特に好きなのが、以下の一節です。

 北ニケンカヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイイ
 ヒデリノトキハナミダヲナガシ
 サムサノナツハオロオロアルキ
 ミンナニデクノボートヨバレ
 ホメラレモセズ クニモサレズ
 ソウイウモノニ
 ワタシハナリタイ

 ラストでも同じようにこの詩は詠まれますが、話の全編を見た後で聞くと、改めて心の中を静かに熱くさせます。

■冷害と「コトリ」について
 やがて美しいイーハトーヴの森を、冷害が襲います。
 年を跨いでも続いた寒い日々は美しかった森の様相を一変させ、人々から仕事を奪い、その日の食べ物にさえ困る日々が続きました。
 かなり衝撃的だったのは、ごく普通の家庭の父だったブドリの父・グスコー・ナドリが突然「森へ行って来る」と家を飛び出すシーンです。
 当時、まだ幼かったブドリと妹のネリは状況が良く分からないまま。
 そして、母だけが絶望的な状況になった事を思い知る。父の出て行った戸口で立ち尽くす母と子の姿が印象的でした。…ある意味、キャラクターが猫になってるから大分緩和されている気がしますが、人間の姿のキャラでこれをやったら、子供が泣きそうだ……(汗)

 やがてもう暫く立つと、母も「お父さんを探して来る」と言って、ブドリとネリを残して家を出て行ってしまいます。
 ただ、これに関しては色々考えたのですが、父のように本当におかしくなってしまった…というよりは、残り少ない僅かな食糧を、せめて子供たちだけでも分けあって少しでも生き永らえるように、という気持ちからの選択だったのだろうか、と思いました。
 原作でもそうですが「そこの棚に、まだ少し粉が残っているから…」という台詞からしても、おかしくなったにしては言動がかなり冷静だったので、少なくとも母の方に関しては、ギリギリの選択だったのだろう…と。

 やがて取り残されたブドリとネリですが、この二人の前に、不意に「コトリ」という謎めいた男が現れます。コトリは、「私はこの地帯の飢饉を救う者だ」と名乗り、「お前達は二人ともいい子だが、女の子、お前はここにいても、お前の食べるものは無い」と言い、問答無用でネリを連れ去ってしまいます。
 …ぶっちゃけこの時のブドリの「どろぼう、どろぼう」の口調が、全く慌てているように聞こえなかったのがシュールでした(^^;)
 必死に追いかけるブドリですが結局ネリは連れ去られ、ブドリは力尽きて倒れてしまいます…。

 コトリの行動に関しては、あまり考えたくありませんが…いわゆる「口減らし」というものを象徴しているのだろうか、と思いました。
 コトリは原作と大幅に変えられていて、人の力を超えた存在として描かれています。
 彼は「この地帯の飢饉を救う者」と自分で言っていましたが、もしかしたら、ブドリとネリ、二人を見た時に「どちらの命の方を助けるべきか」を冷徹に判断した結果、ネリを連れて行ってしまったのかも知れないと思いました。
 あのままあの家で二人一緒にいれば、ブドリはネリの為に少しでも多くの食べ物を分けようとし、やがて力尽きて死んでしまうでしょう。そして、守る者がいなくなれば、ネリもそう遠からずブドリと同じ運命になる事は明白です。
 更に、あんな絶望的な状況になっても、尚妹の為に精一杯の事が出来るようなブドリなら、今後、その命をもっと「大勢の人達の為に」使う事が出来る。コトリはそんな風に思って、ブドリをあの小屋から連れ出し、ネリと引き離す為にネリだけを連れて行ったのではないか。…そんな風に思えてなりません。(物語が進むにつれ、更にそう思えて来ました)

■「てぐす工場」について
 原作からかなりアレンジが加わっていましたが、この幻想的な美しい映像は、アニメーションならではの表現だと思いました。
 コトリにネリを連れ去られ、気を失ってしまったブドリが目覚めると、何故か辺りの森一面が「てぐす飼い」の人に飼われていて、そこではてぐすが飼われていました。
 沢山の猫達が、妙に幸せそうな顔で(笑)手に手に輝く毬をぽーんと投げて木々に網をかける様が本当に幻想的。…見てるこっちも可愛くて幸せになりました(笑)
 そこでブドリは、問答無用でそのてぐす飼いを手伝わされる事に。
 そしてある意味、ここから先がブドリの凄い所だと思いました。
 突然、「梯子」とも思えぬ只の何か…ほっそい棒みたいなやつに「登れ」と言われ、「毬」を投げろとせっつかれても、取り敢えず「働かなきゃ食べ物はやらないぞ」と言われれば「じゃあ、僕手伝うよ」とさっさとその状況に順応してしまうその適応力の高さがハンパ無いと思います。
 最初は梯子から落ちてしまい「何やってんだ」と叱られつつも、なんだかんだで毬投げを上手にこなしていくブドリ。…家がいつの間にか「てぐす工場」に改造されてしまっているという凄まじい超展開を目の前にしても、なんだかんだでそこでしっかり働いて行くとか、スルースキル半端ねェと思います。そして、逞しいと思いました(^^;)
 しかし。
 ……ぶっちゃけ、幼虫とかそういうのがものっそい苦手な私としては、あのスクリーン一杯で幼虫の皆さんがせっせと葉を食べるシーンは、かなりキツかった……。正視するのがキッツイ…! ほんとにキッツイ…!!(苦笑)
 しかしそこから繭になってしまうと、工場長はものっそい怒鳴りまくってブドリ達を急かし、繭から糸を作る作業をさせる訳ですが。
 後から後から、次々に繭を破って飛び立って行く蛾の姿、そしてそれがさあーっと光を放ちながら空へ向かうシーンは、この作品内でも屈指の美しい映像で、思わず魅入ってしまいました。
 …結局、映画版ではこのてぐす工場はブドリの夢オチでした。(原作では、普通に何年かこの工場で働いています)原作を読んでしまうと少し残念ですが、しかし蛾が飛び立つシーンがあまりに美しいので何か許しそうになる…(^^;)

■赤ひげとの農業生活について
 その後、ブドリは里へ出て、ひょんな事から「赤ひげ」さんと一緒に今度はオリザを作る作業を始める事になります。
 しかしこの赤ひげさんがまた、豪放磊落というか何というか。。
 通りすがりのブドリをいきなり働き手として家に招き入れるわ、亡くなった息子さんの代わりにうんと勉強しろ、と本を読ませるわ。…マイペースにも程がある人ですが、ここでもブドリは驚異的な適応力を発揮し、見事赤ひげさんの期待に応えます。
 …どうでもいいですが。
 オリザが病気になったからって、石油を使うのはヤバいですよ赤ひげさん!!!(苦笑)
 それ、害虫とか病気とか以前に、オリザも普通にダメですからね???
 次の年、ブドリがちゃんと正しい方法でオリザの病気を食い止めてくれてホッとしました。…そしてそこで読んだクーボー大博士の本が、ブドリの人生を後に大きく変えて行く事になります。
 それにしてもブドリ。…なんだかんだで一年かそこらの勉強でそこまで農業成功させちゃうって、この子何気にスペック高いと思いました。
 オリザが豊作になり、喜ぶ赤ひげおじさんがまた、何とも憎めません。
 ブドリに抱きつくシーンとか、微笑ましかったです……。

 しかしやがて何年か経つと、この赤ひげさんの所の暮らしにも終わりが来ました。
 日照りが続き、全く作物が育たなくなってしまったのです。赤ひげさんは、このまま働き盛りを自分の所で過ごしてしまうのはあまりに勿体ないから…と、ブドリに僅かな路銀と餞別に自分の帽子を持たせて旅立つよう促しました。
 ぶっちゃけ、いきなりクビにされて身一つで追い出されてる訳ですが、それでも「ありがとうございました」と御礼を言って素直に旅立つブドリが泣ける……。適応力抜群なだけじゃなく、普通にいい子過ぎる……。

■銀河ステーションについて
 やがて汽車に乗ったブドリがふと眼を覚ますと、そこは「銀河ステーション」と言う不思議な世界の不思議な駅でした。
 明らかに「この世のものではない」何かがわんさと闊歩する駅構内。そこを、ふと思い出したかのように妹・ネリを探して歩くブドリの前に、またあのコトリが現れます。
 ネリの居場所を聞く為に、コトリを追いかけるブドリ。
 やがて辿り着いた大きな建物の中に行くと、そこにはエレベーターが……。
 そこには父と母の姿がありました。
 結局ブドリはコトリの姿を見失ってしまいましたが、謎めいた街中で目にした見世物小屋で、妹の姿を見ます。
 見世物小屋のポスターには、可愛らしいバレリーナのような姿のネリがいました。しかし、ブドリは結局その見世物小屋に入る事を躊躇します。
 …やがてふと気が付くと、ブドリは汽車の中にいました。
 この銀河ステーションも、ブドリの夢の中の出来事でした。

 ※このシーンは完全に映画オリジナルとなります。ここでネリが見世物小屋にいた理由については色々考えてみましたが、もしかしたら、ブドリの心の中にあるネリのイメージが具現化したものなのかな…? と思いました。
 見世物小屋、と言いつつ結構なスターとして扱われている感じだったので、まだブドリ達がイーハトーヴの森で幸せに暮らしていた頃、皆に愛されていたネリのイメージが、ああいう形で投影されたのかも知れない、と…。
 何処へ行こうが、ネリはその愛くるしさで皆に愛されているのだろう、愛されていて欲しい、というブドリの願いが、ああいう形での再会になったのかな? と。
 何もそんなオリジナルな展開にしなくても…とは思ったのですが、こういう幻想的なシーンも似合う映画なだけに、そんなに悪くないかも知れませんね。

※ただ、ネリが普通に生きていて、彼女なりに幸せな家庭を築いて、子供も生まれる…という原作の展開も凄く好きなので、ここは少し残念に思いました。

■クーボー大博士の講義~火山局での日々について
 やがて汽車は今度こそイーハトーヴの駅に付き、ブドリは道を尋ね歩いてクーボー博士が講義をする教室へ辿り着きました。
 赤ひげさんの所で農業をしていた頃、その著書を見て感銘を受けたクーボー大博士。
 チョークを両手に持った二刀流でのものっそい板書の仕方とか、滔々と良く分からん理論を展開する姿は、変わり者ながらもいかにもな大博士、という貫禄が漂っています。
 そしてこうやって、その学校の生徒でもないのにひっそり教室に入って講義を受けるとか、大学ならではだな…と思いました(^^;)
 やがて講義終了後、博士にノートを見せたブドリは、その優秀さを買われてそのまま火山局の仕事を紹介されました。…ていうかまたものっそい展開です(笑)
 教授が「お先に!」と乗って帰る一人乗りの小さな飛行船が結構好きです。…高い所苦手なので、乗る事は出来ませんが(苦笑)
 
 人の役に立つ仕事がしたい、と思っていたブドリにとって、ここでの火山局の仕事はとてもやりがいのあるものでした。サンムトリ山の噴火による被害を食い止める作業を手伝ったり(結構凄い話だと思いましたが、火口の海側を破壊してマグマが海側へ流れるようにし、市街への被害を最小限にする、というものです。宮沢賢治は火山の事とかも実際凄く勉強していたみたいですね)、数年もすれば立派な技師として火山局で一人前になっていました。
 …いや、やっぱりハイスペックだ(笑)
 しかもこれだけ性格も良いですし、もうそれこそ彼女の一人も作って幸せに……とか思ってしまう訳ですが、そうは行きません。
 しかしこの頃、ブドリの夢の中で、またあのコトリが現れます。
 今度はどこかの裁判所にブドリはいました。
 現れた裁判長が、そう、あのコトリだったのです。
「あの…、僕は、どうして裁かれるのでしょうか?」
 傍聴席(?)では恐ろしい姿をした人ならざる者たちが色々とヤジを飛ばしまくるというシュールな状況の中、それでも至極真っ当な疑問を呟くブドリが最高です。こんな所でも、超展開へのスルースキルが…!!
 コトリはそんなブドリに対し、「領域侵犯罪だ」と告げます。
 曰く、ブドリは何度も「こちら側の世界に許可なく侵入している」と。
 ブドリが夢で見たてぐす工場や銀河ステーション等がそれに該当するのでしょう。…しかしここで、ブドリは猛然と言い返します。
「ふざけるな! お前がネリを連れて行ったからだ。ネリは何処だ、ネリに会わせてくれ!!」
「お前の妹は、ここに連れて来られたのではない。この世界に選ばれたのだ」

 あんな状況で平然としているどころか、裁判長に言い返すとか半端ねー度胸です。…そしてそんなブドリに、お前の妹は選ばれたのだ、と冷徹に告げるコトリにゾッとします。
 善とか悪とか、その他様々な感情とか。そういうものを超越した存在ですね。全ては世界が在るべき姿である為に必要だからやったというか…。
 自然界は、ある生き物の数が増え過ぎると、自然とそれが増えすぎないように減らすよう動くみたいですが。(例えば、数が増え過ぎればその内餌が足りなくなって自然と淘汰されていくとか。…動物でも、数が増え過ぎないように一定数は成長する過程で淘汰されていくとか)コトリはそうした自然の法則のようなものの象徴、のように感じました。(ネリを「口減らし」の為に連れて行ってしまったように…)
 結局、判決がどうだったのか分からないまま、ブドリはまた自分の部屋で眼を覚まします。
 折角なんだかんだで楽しい日々を過ごしていたのに、そこに水を差すようなコトリの出現が、ブドリにとって何を意味していたのか?
 どこか不穏な雰囲気を孕みつつ、物語は終盤へと向かいます…。

■カルボナード火山島について
 やがてある年、幼い頃のブドリから両親を奪い、ネリを奪うきっかけとなったあの冷害がまたやって来るかもしれない…という予測が、測候所から告げられました。
 クーボー大博士や火山局のペンネン技師等、そうそうたる人達が色々と対策を練っても、どうにもなりません。夏になっても一向に気温が上がらず、作物も育たず、いよいよあの時のような飢饉が迫りつつある中、ブドリはある対策を思いつきました。
 それは、カルボナード火山島を噴火させ、そこから出る炭酸ガスによって気温を上昇させる、というものです。しかしクーボー大博士もペンネン技師も、それは危険だと反対しました。
 しかし他に考えられる有効な手立てはなく、このままいけば、また幼い頃の自分のような哀しい思いをする人達が大勢出てしまうのです。
 どうすれば良いか?
 苦悩するブドリの前に、再びあのコトリが現れました。
「男の子。お前は、カルボナード火山へ行きたいのか?」
「僕は、カルボナード火山を噴火させなきゃいけないんだ。僕を、連れて行ってくれ」

 コトリはそれを承諾します。
 書斎に舞い上がる数々の書類、夜の暗い部屋に満ちる幻想的な光。――いつかネリを連れて行った時のように、今度はコトリは、ブドリを連れて行こうとしています。しかし今回は、ブドリ自身の意志で。…そして、ブドリの行きたい場所へ。
「僕は、カルボナード火山を噴火させられるだろうか」
「それをやるのは、お前だ。私は、お前をカルボナード火山へ連れて行くだけだ」

 …ぶっちゃけ、結構コトリさんアバウトだと思いました(苦笑)確かに、やるのはブドリかも知れませんけど…(^^;)
 そしてこうして見ると、コトリがブドリを今まで連れて行かなかったのは、もしかしたらこの時の為に? と思えてならず、少し複雑な気持ちになりました。
 
 かくしてブドリは、コトリと共にカルボナード火山島へと向かいます。
 瞬く間にイーハトーヴ市の街並みは遠のき、その目の前には次第に火山の噴火口が見えて来ます。
 そして次の瞬間、眩い光が周囲を包みました。――カルボナード火山は噴火し、そこから噴出した炭酸ガスは、ブドリの見込んだ通り気温をぐんぐん上げ、冷害から多くの人々を救ったのです。
 沢山のブドリや沢山のネリ達が、父や母と一緒に美味しいトマトスープを囲んで笑顔になる。
 そんな日々が、戻って来ました。

 ラストシーンで、ブドリが幼いころ通っていた学校の先生が詠み上げる「雨ニモマケズ」の詩が、静かに心に沁み渡ります。エンディングの歌も静かな余韻を残す良い歌でした。

 ブドリの心にあったのは、ただ「自分と同じような哀しみを抱える人達を増やしたくない」という思いのみ。パンフレットによると、監督さんはこの物語を「自己犠牲の賛美」にしたくなかったみたいですが、ネリが生きていた部分をカットしたのはその辺が関係しているのかも、と思いました。
 ネリが生きている場合、それこそ「守るべき妹の為に」みたいな構図が成り立ってしまい「自己犠牲」な感じが強まってしまうからなのかな…と。
 ただ、原作を読んでいても、別に単に自己犠牲の為にブドリはカルボナード火山島へ向かった訳ではないというのは読み取れる気はします。原作でも、ブドリの行動は結局、あの冷害をまた繰り返したくないという一心の行動な訳で。
 アニメの作中では、ブドリが一番幸せだったのは、家族皆でトマトスープを囲っていたあの頃になるのでしょうけど、出来れば原作と同様、ネリと再会出来てからの五年間も描いて欲しかったな…と思わずにはいられません。赤ひげさんの所で過ごした時間や火山局で過ごした日々と言うのも、勿論ブドリにとって楽しい事もある日々だったでしょう。ただ、どうも本人自身の幸せが二の次三の次になってしまっている感が否めないので、ネリと再会した5年間の描写は、短いながらブドリ自身が幸せだった日々だったのだと思えて、それが一つの救いのようにもなっていました。なので、銀河ステーションでの再会…という形になってしまったのは、少し残念だなぁと思います。

 ただ、全体的に美しい映像に世界観にぴったりな音楽、と良作でした~!!
 元々、この映画を思いきって観に行こう! というきっかけとなったうみねこみゃお様のブログ感想(こちらから読めます♪)によれば、隣にいた家族連れのお子さん曰く「楽しくなかった」という感想だったようです(^^;)確かに子供の内だと色々分からない部分もあるかも知れませんが、だからこそ、子供の内にこういう作品に触れさせた方が良いのではないかと思いました。そりゃあポケモンとかの方が普通に面白いかも知れませんが…(^^;)
 キャラクターが猫になっているので、童話っぽい雰囲気が多く出ていて、映像的にはより優しく「子供向け」な感じになっていると思います。
 DVDになるかTVで放映されたら、また改めて観てみたい。そんな気がします。
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元ネタ?ガ読めます

こんにちは。いつもお世話になっています。今回はリンク有難うございました!大した事書いていないのに良いのかしら…;

「どろぼう、どろぼう」は確かにのんびりで、私はうっかり笑いを誘われてしまいました、非道です。童話らしい雰囲気にしようとすると、ああいう演技になるのでしょうか?

私のブログの新記事でこの映画版の元ネタに、原作より近そうな宮沢賢治氏の作品「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」へのリンクを張っています。ご興味ありましたらご一読も一興かと。
そしてブドリ君への考察が微笑ましい素敵なご感想だったので、こちらもリンク張らせて頂きました、事後承諾で申し訳ありません。

ネリとの5年間は本当に欲しかった…!!です。

カンカン照りで肌が痛い季節です。
どうぞご自愛くださいませ。
それでは、また。

Re: 元ネタ?ガ読めます

こんばんは! こちらこそ、事後報告になってしまいすみません…。。

> 「どろぼう、どろぼう」は確かにのんびりで、私はうっかり笑いを誘われてしまいました、非道です。童話らしい雰囲気にしようとすると、ああいう演技になるのでしょうか?

や、やっぱりそうですよね…(^^;)
どうなんでしょう…確かに「童話らしい」雰囲気を出そうとしたか、でなければ声優さんの演技が(ゴホンゴホン)
ただ、私も正直あれはちょっとクスッとしてしまいました…「いやいやいやいやいやいや、妹さんが目の前でさらわれてるよ!? なんでそんな暢気な感じなの!?」と…。。

> 私のブログの新記事でこの映画版の元ネタに、原作より近そうな宮沢賢治氏の作品「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」へのリンクを張っています。ご興味ありましたらご一読も一興かと。

おお、ありがとうございます…!!
名前的に、ペンネン技師と何かしら関わりが…!? 読んでみます!

リンクありがとうございます…。。
こちらの記事へのリンクは普通にOKですので、大丈夫です。。

本当にカンカン照りですね。…もう結構日焼けしてしまってます(^^;)
UVと日傘と扇子が欠かせない時期ですよね。うみねこ様もお体ご自愛下さいませ。。
プロフィール

星野 海紀

Author:星野 海紀
徒然なるままに様々な事を書き綴っています。現在は「キングダム」&「ゴールデンカムイ」、「テラフォーマーズ」に熱いです。他に聖闘士星矢や遊戯王、旅行記等、話題の範囲は広いです(笑)

連絡先:natch.2002ina★gmail.com (★をアットマークに変えて頂ければと思います)

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