最近思うこと

 こんにちは、星野です。
 いつも漫画の話やら何やら、テンション高く語っている私ですが、サイト運営を初めてそろそろ13年になろうという今日この頃。今回は、少し真面目な話をしてみようと思います。
 4月下旬にある出来事がありまして、人の話をきちんと聴く事とか、相手の身になって気持ちに寄り添う事とか…そういう事について、考える機会を持ちました。色々と凹んでいたりもしたのですが、多少自分なりに考えも纏まって来たので、本日はその事について少し書いてみたいと思います。
 今回はいつもと違い「キングダム」やら「テラフォーマーズ」やらのお話ではありませんので(苦笑)、物好きな御方のみ、続きからどうぞ。
 4月下旬の、GWも間近という頃、ある出来事からそれを考えるようになりました。
 詳細は伏せますが、相手の為にと思ってしたアドバイスで、却って相手を傷つけてしまった…というのがその出来事の概要になります。
 いい年こいて今更? という事をそれなりに真面目に考えようと思ったのは、「人の気持ち」は難しいな…と、その出来事から改めて感じた為です。
 特に、相手にとって耳に痛い事を言う時はもっと配慮して気を付けるべきだった、と。
 よく「耳に痛い事を言う友人は大事だ」と言いますし、私もそう思っています。
 私自身、人に言われて気付いた事は色々とあります。だから私も、同じように出来れば…そう思っていました。
 ただそれは、あくまで「相手の今、そこにある気持ち」に配慮して言ってこそなのだと、その出来事以来考えるようになりました。

 その後、傾聴に関する本や、キズつき易い人の対策についての本等々を読んでみたり、日常でもなるべく実践するようにしていますが…これがまた、なかなか難しいものだと感じています。
 また何か気付いた事等があれば、今後も折に触れて記事で書いていきたいと思います。
 
■現在、読んでいる本等々
 今まで「話し方」に関する本は何冊か読んでいたのですが、現在は逆に「人の話を聴く」事に重点を置いた本を読んでいます。(相手の気持ちになって考える、という意味では、より「聴く」事に関する本の方が効果的と思いました。それに、「話す」と「聴く」は実は表裏一体の関係にあるので、「聴く」方が上手になると、自然と会話スキルも向上するという…)
 本を読んでいるだけではしょうがないので、出来るだけ日常生活の中で、ちょっと友人と話をする時。家族と話す時。愚痴話に耳を傾ける時。
 実践するようにしていますが、………難しい!!!
 つい、何か言いたくなるんです。アドバイスとか。自分の考えとか。
 この手の本には大体書いてあるのですが、

「人は聴くより話す事の方が好き」
「アドバイスというのは、(少なくとも自分が思っている程)相手の役には立っていない」
「(相手の問題はあくまで相手の問題として)割り切る気持ちが大事」


 これが、実際に「聴く」立場を意識してみると「ああ成る程」…と思えます。
 私は別にカウンセラーを目指している訳ではありませんし、本に書いてある事全てをその通りだと思っている訳でもありません。ただ、自分が実際に色々考えていくなかで、こうだと思う考えを、上記三つの視点から書いてみようと思います。
 まずは、読んでみた本の紹介から。

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「プロカウンセラーの聞く技術」
 タイトル通り、実際にカウンセラーをされている方の一冊。人の話を聴く事の大事さが良く解る一冊です。結構噛み砕いた説明なので、専門的な知識が無くても普通に読めます。
 ただ、ちょっと「カウンセラー」寄りな考え方だな、と個人的には感じています。
 脇道に逸れますが、この人の「夢分析」の本も面白そうなので、購入してみました。(元々、フロイトの「夢分析」なんかも興味があって読んでいた事がありましたが、夢って面白いものだなあと)

20130619-garasunohart.jpg

「ガラスのハートの鍛え方」
 キズ付き易い…と自分で思っている方が読んでもいいと思いますが、特にそうではないと思っている人でも、色々自分に当てはめると「ぎくっ…」とする部分もありますので、一度読んでみると良いかも、と思いました。個人的にこちらは結構目から鱗な部分が多かったです。
 この本で、特に「おおっ…」と思った部分については、最後にちょっと書いてみたいと思います。

 また、ちょっと手元に画像が無いのですが、
「イラストとケースでわかるやさしくできる傾聴」(秀和システム)
も、良かったと思います。
 初心者向けで読みやすい文章です。まずは「聴く」事の大切さを知るには良い一冊かと思います。
 あまり深い部分には触れていませんので、ちょっと物足りないな…と思った時に、上述の「プロのカウンセラーの~」が良いかも知れません。個人的には、両者を足して二で割った位が丁度良いな…と考える私です。
 以下、自分なりに、実際に日常で「聴く」事を意識してみた中で感じたこと、思った事などを纏めてみます。

■人は聴くより話す事が好き
 自分が興味の無い話を延々とされるとうんざりしますし、色々愚痴話をされている時に、ついつい「そこはこうすれば良いんじゃないの?」と言いたくなる事は、よくあると思います。
 私自身もそうです(苦笑)
 そこをグッと堪えて、とにかくまず話すだけ話させる、というのが割と難しくてなかなか上手くいかないのですが…「相手がどうしてそういう風に思ったのか?」という視点で聴いてみると、その「この人はこう言ってるけど、こういう考え方にした方が良いんじゃないかしら?」…という気持ちが、大分変わって来るものだ、と最近思えるようになりました。
 それが事実かどうかとか、正しいのか間違っているのか、というのはまず二の次にして、ともかく「相手が○○と思っている」事に焦点を当ててみる。…難しい所なんですが、今はこれをしっかり身に付けていきたいと思っています。そうする事で、もう少し相手の身になって考える事も出来ると思いますし、また4月の時みたいな事にはならないようにしたいので……。

■アドバイスは自分が思っている程相手の役に立つ訳ではない
 友達関係でも何でもそうですが、お互い「(全部、というのは現実的に難しいと思いますが)言いたい事はハッキリ言える」間柄は素敵な関係だと思います。
 但し、一歩間違えると「只の言いたい放題」とか「(相手にとっては)余計なお節介」になるのでしょう。
 そうならない為には、自分が言いたい事を言う前に、まず人の話を聴いて、相手の気持ちをよく汲んだ上で話をする事が大事になって来るのでしょう。
 それと、「特に年齢も近い者同士であれば、自分が考えているような事は、大体相手も考えたりやってみたりしているもの」という事を常に念頭におくこと。
 この辺を考えないと、多分幾ら親身になって何かを言っても、それは相手の心に届かないんじゃないかな…と。当たり前っちゃ当たり前の事なのですが、その当たり前のことが、意外と難しいものです。
 更にこれが「対面」の会話ではなく、メールやチャットといった形になると、相手の表情や声音も分からないので、対面での会話以上に難しくなります。だからこそ、尚更相手の気持ちを汲もうとする気持ちは大事になって来る。そう思います。
 メールの向こうの相手がどんな気持ちなのかが全く見えていない状況で、相手の気持ちに沿わない返事をしてしまうと、それが相手を傷つけたり喧嘩に発展したり…という事になるのでしょう。(4月下旬の出来事、というのは、このメールが発端だったりします)
 遠くに住んでいる相手とでも気楽にコミュニケーションが取れる、という意味では、メール・チャットは凄く優れたツールだと思います。郵便みたいにタイムラグもありませんし。でも、気軽に出来るからこそ、余計に相手の事を考えて、慎重に言葉を選ぶ事を心がけたいものです。
 冒頭にも書きましたが、人に言われて気付くという事も多々あると思いますので、別にアドバイスが意味のない事だとは思いません。それに、友達は別にカウンセラーではないので、「いついかなる時も、自分の言いたい事は言わずに、ただ相手の話を優しく聴くだけ」…そういう関係は、正直な所真っ当な友達関係とは言えないと思います。
 ただ、特に相手にとって耳に痛い事や何かしらアドバイスを言う時には、相手のその時の気持ちもよく考えて言う事が大事だな、と。
 そして、同時にもう一つ必要なのが「割りきる気持ち」だと思います。

■割りきる気持ち
 特に仲の良い友人や家族といった身近な人に対しては、そう簡単に出来る話でもないのですが、自分を守る意味でも必要な考え方だと思いました。
 それは「相手の問題は、あくまでも相手の問題」と割り切る気持ちです。
 どんなに親身になって助言しようと、それを採用するかどうかは、相手が決める事。そして、その選択の結果も、その人自身が責任を負う事。
 一見冷たい考え方のように見えますが、別の見方をすれば、それは相手を一人の人間として尊重する事でもあるのだろう、と思います。よく考えれば、何でも人の言った通りに動くというのも、それはそれで「自分の考えを持っていないのか?」と思ったりする事もある訳で。
 そこをはき違えると、相手が自分のアドバイスを聞かなかった時にイラッと来たり、「人が折角言ったのに…! だから言ったじゃん」と思ってしまったりするのだと思います。
 果ては相手から反発された時に「心配してる人の気も知らないで…!」と喧嘩に発展して、双方傷つく展開になったり。…結局最後は自分も疲れて来て「もう知らね」となってしまったり。それどころか、相手の問題なのに、自分の事のようにあれこれ悩み過ぎて落ち込んでしまったり。
 それは、自分にとっても相手にとっても、切ないな…と思います。
 自分自身、特に気を付けたいと思う所です。

■自分が傷ついた、辛い、と思った時に…
 そして「相手の事を考える」というのは、自分が「辛い」「傷ついた」と思った時にも使える視点だと思いました。
 上記で紹介した本の中にある、「ガラスのハートの鍛え方」を読んで、これだ、と思った事があります。
 それは、「自分は辛い、傷ついた」という時に限って、意外と「自分も人を傷つけている」事には無自覚(又は本当はある程度自覚しているけれど、そこには目を向けていない)なのだ、という事です。
 辛い時は辛いですし、そういう時はまずは思い切り泣いて凹んで良いと思うのですが、問題はその後。
「自分はこんな事言われて辛かったけれど、じゃあ、何故相手はあんな事を言って来たんだろう? どんな気持ちだったんだろう?」
 そこを考えられるかどうか、で、結構違うんだろうなぁ…と。
 今までの経験上、つらつら思い出してみると、傷つけたり傷つけられたり、というのは表裏一体で、自分が不快な思いをさせられた場合、大概、自分も大なり小なり、相手に何かしら不快な思いをさせているものだと感じます。(相手の性格に余程問題があるとか、そういう例外を除いて)
 例えば、お互いに好きな漫画の話をしている時。

A:「でさー、私は☓☓がメッチャ好きなのに、ほんと何の気遣いも無い言い方で悪く言って来てさ。…凹んだわ…」
B:「うわー、それは辛いね」
A:「ほんと、△△(※注:それはBさんの御贔屓キャラだったりします)みたいな性格の人ってメンドくさいわ」
B:(…え…? 私△△好きなのにな…ってか、いつも△△好きだって話してんじゃん)

 割と、こういうさり気ない会話の中で、衝突が起きるのでは、と思います。
 この時、Aさんは別に△△というキャラを悪く言ったつもりはなく、単に「例え話」の一環として分かりやすい例えと思ってその名を引用したに過ぎない訳ですが、そのキャラが好きなBさんにしてみれば、良い気持ちはしないでしょう。(その意図自体は解っていたとしても、「そんな微妙な人の例えに使わないでよ…^^;」位は思うかも知れません)
 勿論、付き合いの長い人であったり、温和な性格の人なら「あくまで只のたとえ話の一つ」位に思って聞き流すでしょうし、これだけで問題になる事はないかもしれません。
 ただ、もし、Bさんがキツい性格の人だったりすると「えー…ちょっと、△△の事バカにしてんの?」といった感じの返事になって、険悪な雰囲気になってしまう。
 一方、Aさんの方はと言うと「自分はそんなつもりは無いのに、何をそんなに怒る訳?」となってしまい、Bさんに対して矢張り腹が立つ。
 傍目から見ると、只の例え話なんだし、何もそこまで険悪に怒らなくても良いじゃん…、とBさんを短気な人と思う事もあるでしょうし、でも、AさんはAさんでBさんの事を考えて無いよね…と思えたりもする。はっきり言ってどっちもどっち、というケースになると思います。(ただ、いざ自分がその当事者になるとなかなかこうは思えないものですが^^;)
 友達同士の喧嘩なんて、大体そんなモノでしょう。お互いの性格や状況によって、必ずしも五分五分という事はないと思いますが、何かしら両方に非はあるものです。
 ここで、Bさんに酷い事を言われたAさんは相当落ち込みますが、「自分はそんなに怒らせる事を言ったかな…?」と改めて考えたとしても、Bさんの立場になって考えてみないと、多分、自分の発言の何がBさんをカチンとさせたのかが、見えてこないのでは…と思います。そこをきちんと考えると、自分がした事と向き合う事にもなるので、無意識的に避ける事もあるでしょうし。
 そうなると、どちらかと言うと「自分はそんな悪い事も言っていないのに、一方的にキツい事を言われた」という気持ちになってしまう。
 そして、また似たようなケースに遭遇した時に同じ事をしてしまい、辛い思いをして、凹む事になる。
 それは、自分が辛い、苦しいの原因を、どちらかというと自分の中よりも他人の方へ求めてしまう所から来るのかな…と。
 では、そういう人は皆が皆、自分の事しか考えない、我がままな人なのか?
 と言うと、私はそうは思いません。

 誰だって、自分にとって都合の悪い事は考えたくありませんし、目を向けたくないものだと思います。
 それに、傷つきやすい人は、逆に言えば人一倍傷つく事の辛さ・苦しさを良く分かっている人なので、本当は凄く他人に対して優しく出来る人なのではないでしょうか。
 ただ、ほんの僅か「自分が傷つけられた」という部分に多く目が行ってしまうだけで。
 なんで相手がそういう言動をするのか? の部分にきちんと目を向けて自覚出来れば、正しい対処も出来るのではないでしょうか。
 …ちょっとだけ考え方を変えてみれば、色々と変わる事もあるのではないか。そう思います。

※上記の「ガラスのハートの鍛え方」には、この辺の「相手の気持ちになって考える」事について色々書いてあります。
 そんなに酷い事を言った覚えもないのに、何でかやたら相手を怒らせるとか。…気を遣ってるつもりなのに、何か上手く行かない…。そういう時にも、良い一冊だと思いました。

 ……と、何か色々書きましたが、色んな視点から「相手の身になって考える」というのはどういう事なのだろう。「人の話を聴く」とうのはどういう事なのだろう。
 を自分なりに考えていますが、「これが正しい!」というマニュアル的な答えは無いのでしょう。
 難しいなぁ…と思いながらカタカタキーボードを叩いている、2013年6月のとある一日でした。

 ここまで読んで頂いた方、ありがとうございました。
 半ば自分の日記帳状態のこのブログなので、たまにこういうごちゃごちゃした事を書く事もありますが、またすぐに通常運転に戻りますので、宜しくお願いします。m(__)m 
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聴くこと

 更新お疲れ様です。こんにちは。キートンです。

 聴くこと、傾聴、アドバイス、難しいですね。
 僕は、以前メールで書いたかもですが、今でこそ普通に仕事してますが、2年ほど前はうつ病で休職してメンタルクリニックのリワーク(職場復帰訓練)に通ってました。
 そこで毎日やってたのは考え方の癖を直す訓練。話す訓練。認知行動療法の一種でした。
 人は誰かと話すときに、①アグレッシブ(攻撃的、怒ったり、相手を否定したり)、②ノンアサーティブ(卑屈になる、どうせ俺が悪いんだ、自分の意見を抑える)、③アサーティブ(相手も自分も肯定、あなたの言うことは解ります、こういうことですね、でも私はこう思うんです、ではこう考えてみてはどうでしょう、提案)。
 星野さんも書かれているように、このての本はなかなか良い本がないそうです。カウンセラー的だったり心理学専門書だったり。
 先日職場の接客研修で、ジャイアン型、のび太型、しずかちゃん型という例でお客さんの話を聴く、傾聴の話がありました。講師の人に後で聞いたら、上の①②③の専門用語を解りやすくしたとのことでした。
 メンタルクリニックの臨床心理士さん曰く、ガラスのハート状態の場合、相手の言うことを受け止めた上で私はこう思うと言っても、否定されたと落ち込んでしまうので、『ではこう考えてみてはどうだろう?』という提案型の方が良いみたいです。
 ただ聴くだけでなく一緒に提案して一緒に考えてみるみたいな感じでしょうか。

 僕の場合、もうメンタルで落ち込まないようにするために、『ふっ軍略?知るかよ(ふっ仕事?知るかよ)』『悪いなレンパ(悪いな、課長)』みたいな、ちょいアウトローな思考になってしまった訳ですが(苦笑)。
 貴様、こんなもの正しい仕事と呼べるしろものではないぞ。ふっ仕事?知るかよ。俺はただあんたが嫌がることをやるだけだ。それと昔から得意なんだよ留守中に忍び込むのがな。

コメントありがとうございます。

ご希望は分かりました。で、どなたの顔になさいますか? 今現在では廉破軍、秦の名門若手ホープ、太后さま、白老双剣はまだ無理です。候補三名ほど挙げられたし。

>アドバイスは自分が思っている程相手の役に立つ訳ではない
 私も仕事でよく心当たりがあります。歳の差とかキャリアとか性格とかでアドバイスを聞いてくれるかが本当に気になります。私の場合だと半々(汗)。。。
 それでもしつこいと思われても言うようにしています。その時に不快であっても残っていて、後で効いてくれれば良いのだと最後は割り切ってます。

拍手コメントありがとうございました>うしつぎさま

 こんばんは、コメントの方にもありがとうございます。
 こちらで纏めて返信させて頂きますね。

>で、どなたの顔になさいますか?

 ええと…実はこれと言って希望はありませんので、うしつぎさまのセンスにお任せさせて頂きたく。m(__)m
 逆にどなたの顔を選ぶのかに興味があります(笑)

 そして、記事の方にもコメント頂き、ありがとうございました。
 アドバイス、難しいですよね…。

> その時に不快であっても残っていて、後で効いてくれれば良いのだと最後は割り切ってます

 実は、別の友人にもちょっと相談した時、上記と全く同じ事を言っていて驚きました。
 人間の心というのは難しいものではありますが、良く出来ている一面もあるのだと思います。その時はまだ受け入れられなくても、心のどこかで「これは大事な事だ」と思っていれば、無意識の内にしっかり心の片隅に仕舞っておくものなのでしょう。…そして、それを時間が経って、自分が受け入れられそうだ…と思った時に思い出す、といった事があるのだと思います。
 私も、今は「いつかもし、何か少しでも役に立ってくれればいい」そう信じようと思います。

拍手コメントありがとうございました>エイイチローさま

 こんばんは、こちらの記事にも拍手コメント頂き、ありがとうございました。
 こちらの記事が、少しでもエイイチローさまのお役に立てていれば幸いです。「私も自分中心に考えてしまったな…」と気付ける事って、とても大事な事だと思います。その「気付き」から得られたものを、大切にしていきたいですね。
 また時折こうした記事も挙げるかも知れませんが、何かのお役に立てれば幸いです。

Re: 聴くこと

 キートン様、こんばんは。
 こちらの記事にもコメント頂き、ありがとうございました。

>  そこで毎日やってたのは考え方の癖を直す訓練。話す訓練。認知行動療法の一種でした。
>  人は誰かと話すときに、①アグレッシブ(攻撃的、怒ったり、相手を否定したり)、②ノンアサーティブ(卑屈になる、どうせ俺が悪いんだ、自分の意見を抑える)、③アサーティブ(相手も自分も肯定、あなたの言うことは解ります、こういうことですね、でも私はこう思うんです、ではこう考えてみてはどうでしょう、提案)。

 考え方の癖、話す訓練、一言で言っても色々とあるものですね…。
 傷ついたり辛い状態の人は、特に①や②の状態が強く表れる事があるな…と感じます。

>  メンタルクリニックの臨床心理士さん曰く、ガラスのハート状態の場合、相手の言うことを受け止めた上で私はこう思うと言っても、否定されたと落ち込んでしまうので、『ではこう考えてみてはどうだろう?』という提案型の方が良いみたいです。
>  ただ聴くだけでなく一緒に提案して一緒に考えてみるみたいな感じでしょうか。

 私も、上記のような提案型の考え方を聞いた事があります。
 産業カウンセラーの資格を持つ友人も、同様の事を言っていました。公私ともに、こういう考え方が出来ると、自分にとっても周りにとっても望ましい事だと思います。実際はなかなか難しいものですが…。
 落ち込まないようにする「考え方」にも色々あって、どれが良い、悪い、というのも一口には言えないのでしょうね。人それぞれ、合う・合わない型があるでしょうから…。
 キートン様の場合、さしずめ「桓騎型」な考え方が合っていた、という事でしょうか(笑)タフな考え方だと思います…!
プロフィール

星野 海紀

Author:星野 海紀
徒然なるままに様々な事を書き綴っています。現在は「キングダム」&「ゴールデンカムイ」、「テラフォーマーズ」に熱いです。他に聖闘士星矢や遊戯王、旅行記等、話題の範囲は広いです(笑)

連絡先:natch.2002ina★gmail.com (★をアットマークに変えて頂ければと思います)

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